研究内容:シロアリの社会


■シロアリの単為生殖による女王位継承

 日本に広く生息するヤマトシロアリReticulitermes speratusは、複数場所の木材を蟻道(木片や土粒、シロアリ分泌物から形成されるトンネル)で繋いで摂食し、食い尽くすと巣場所を移動する複数材営巣性のシロアリです。このようなタイプのシロアリでは、王と女王のいる王室は1ヶ所しかなく、地中や営巣材の奥まった場所に存在します。そのため、ワーカーや兵蟻は簡単に見つけられますが、王と女王の採集は熟練の技術が必要です。

 従来のシロアリの繁殖システムの研究では、主にワーカーの遺伝子解析や室内の飼育コロニーの状況から、間接的に王と女王の組み合わせを推測していました。そして、「シロアリのコロニーは一夫一妻で創設され、創設ペアの死後は二次生殖虫(巣内で新たに分化した繁殖能力を持つ個体)が近親交配によって繁殖を引き継ぐ」というのが定説とされてきました。

 しかし、実際に野外でヤマトシロアリの王室を採集し、王と女王の遺伝子型をマイクロサテライト解析した結果、二次女王だけは創設王の遺伝子を持っていないことが判明しました(右図)。つまり、女王は単為生殖によって二次女王を、有性生殖によってワーカー・兵蟻・羽蟻を生産しているという、驚愕の事実が明らかになったのです。さらに、創設王は創設女王よりはるかに長命であることも判明しました。

 この単為生殖による女王位継承(Asexual Queen Succession, 略: AQS)は2009年に松浦らによって世界で初めて明らかにされました(Matsuura et al. 2009, Science)。この繁殖システムは巣の中で近親交配が起こるのを完全に回避し、なおかつ女王の数を増やして大量の卵を産むことが出来ます。元の女王が死んでも、その女王の遺伝子だけをもった二次女王が後継者となるので、遺伝的には女王は生き続けているのと同じで、ワーカーや羽アリの遺伝的多様性を維持し続けることができます。


シロアリの巣は王と女王の一夫一妻で創設されますが、コロニーが成長すると卵の生産を増すため、子の中から追加の女王(二次女王)が現れます。女王は二次女王を産むときには単為生殖を使い、ワーカーや羽アリを作るのには有性生殖を使います。



■シロアリ女王は卵門を閉じることで単為生殖メスを産む

 地球上の多くの動物は卵と精子を授精させて次世代を作り出す有性生殖によって繁殖しています。しかし、有性生殖は卵を産まないオスを作らなければならない分だけ、メスだけで繁殖する単為生殖よりも増殖効率の悪い繁殖様式です。また、メスにとっては自分の遺伝子だけで子を作る単為生殖の方が、次世代に自分の遺伝子を伝える上でも効率的です。それなのになぜ有性生殖が一般的に行われているのかは、進化生物学の最大の謎の一つとされています。

 有性生殖から単為生殖への進化が起こりにくい要因の一つとして、オスによる強制授精の影響が考えられています。有性生殖を行っている動物では、メスにとって単為生殖が好ましい状況であっても、オスに交尾されると授精して有性生殖の子が産まれるので、単為生殖できなくなるという仮説です。これまで二倍体の昆虫では、産卵する際に受精嚢の中の精子が自動的に送り出されて卵が受精するので、メスによる受精の制御はできないと考えられてきました。

 昆虫の卵の表面には、卵門と呼ばれる精子を通すための孔が開いています。合計6000個のヤマトシロアリの卵の卵門を調べたところ、卵門の数にはばらつきがあり、一部の卵には卵門が全くないことが判明しました。そして卵の遺伝子解析を行ったところ、卵門の無い卵は単為生殖、卵門がある卵は有性生殖で発生していることが明らかになりました。さらに、卵門の数は女王の年齢によって異なり、女王が若いうちは卵門の多い卵を産み、老化とともに卵門の無い卵を産むようになることが分かりました。また、卵門数を季節的にも制御していることが明らかになりました。つまりヤマトシロアリの女王は、通常は有性生殖によって働きアリや羽アリを生産しているが、老化して死ぬ前に卵門の無い卵を産むようになり、自分の後継女王を単為生殖で生産していることが判明しました。

 これはメスによる有性生殖から単為生殖への切り替えが、オスの干渉を受けることなく可能であることを意味しています。これまで有性生殖の集団から単為生殖が進化するためには、単為生殖の集団が有性生殖の集団から隔離されることが必要と考えられていましたが、卵門を閉じて精子を通さないという仕組みは隔離を必要としない、より迅速な単為生殖の進化経路が存在することを示しています。今後、卵門の開閉というメスの形質に着目した研究がさまざまな種で行われることにより、昆虫における性の意義と単為生殖の進化の理解が深まることが期待されます(Yashiro and Matsuura 2014, PNAS)。

卵の拡大写真。卵表面には精子が入るための孔(卵門)が開いている(上段)。卵門を色素で染めると一部の卵には卵門が無いのが分かる(下段)。左から卵門数0、2、4、9。 二次女王になったばかりの若い女王は卵門の無い卵を産まないが、老化とともに卵門の数は減少し、卵門の無い卵(つまり単為生殖の卵)を産むようになる。



■シロアリで初めて血縁選択理論の実証に成功

 ダーウィンの自然選択理論は、より多く子供を残すような(適応度が高い)性質が進化すると予測しています。しかし、アリやハチ、シロアリなどの社会性昆虫では、働きアリは自分では繁殖せず、もっぱら女王(シロアリでは王も存在)の繁殖を手助けしています。なぜ自分で子を産まない働きアリが進化したのでしょうか?この疑問に対して、1964年にW.D.ハミルトンは、働きアリは自分の親の繁殖を助け、同じ遺伝子を共有する兄弟姉妹を増やすことで、次世代に自分の遺伝子をより多く残す戦略をとっていると考えました。この血縁選択理論の実証研究は、アリやハチなど半倍数性(メスは二倍体、オスは半数体)の社会性昆虫で多くなされてきました。

【左図】半倍数性であるアリ・ハチ(ハチ目)の遺伝様式。未受精卵(一倍体)が雄になり、受精卵(二倍体)が雌になる。

【右図】シロアリの遺伝様式。ヒトと同じく、雌雄ともに受精卵(二倍体)から作られる。

 アリやハチの仲間(ハチ目)は、半倍数性という遺伝様式であるため、娘である働きアリにとって弟よりも妹の方が自分と同じ遺伝子を持っている確率(血縁度)が高くなります。もし血縁選択理論が正しいのであれば、働きアリにとって弟よりも妹の価値が高くなるため、妹を育てるのにより多くの資源を投じると予測されます。この予測通り、アリやハチの性比はメスに偏ることが示されており、血縁選択理論を支持する強い証拠と考えられています。一方、シロアリはハチ目とは独立に高度な社会性を発達させたグループです。シロアリは我々ヒトと同様、オスもメスも二倍体であるため、ハチ目のように血縁度が弟と妹で異なるような状況はありません。そのため、これまで性比を手がかりにして血縁選択理論を検証する術がなく、研究の空白を生んでいました。

【アリ・ハチの仲間(ハチ目)の血縁関係とシロアリ目の血縁関係の違い】


ハチ目の場合、中央の働きバチ(アリ)から見たときの血縁度は兄弟よりも姉妹の方が高い。

シロアリ目の場合、兄弟も姉妹も血縁度は同じである。

 シロアリの巣は、オスとメスの羽アリがペアになり、一夫一妻で創設されます。このはじめのペアが創設王と創設女王になり、産まれる子はワーカー、兵隊アリ、そして新たな羽アリとなります。巣が成長して、創設王や創設女王が死亡すると、巣のメンバーの中から新たな王や女王が出現して、二次王、二次女王として繁殖を引き継ぎます。このとき、創設王と創設女王で寿命が異なるならば、父−娘、母−息子の近親交配のどちらか一方が起きやすくなります。もし例えば、創設女王の寿命が創設王の寿命よりずっと長ければ、母−息子の近親交配が生じ、それによって産まれる子どもは、創設女王の遺伝子を創設王の遺伝子よりも3倍多く持っていることになり、創設王よりも創設女王の方が、より多く次世代に遺伝子を残すことになります。創設王や創設女王は元々オスとメスの羽アリですから、巣のメンバーにとって、オスの羽アリを作るより、メスの羽アリを多く作る方が自分たちの遺伝子を次世代に伝える上で有利になることが理論的に予測できます。

【性非対称な近親交配】

受精卵から分化した二次王と創設女王との間で子供(F2世代)が生まれる仮定すると、創設女王からみたF2世代の血縁度の方が、創設王からみた血縁度よりも高くなる。

 日本に広く分布しているヤマトシロアリなどでは、女王が単為生殖によって自らの分身を作るため、女王は遺伝的には不死身です(上記参照)。そのため、このような繁殖様式を持つ種では、母−息子の近親交配の方が父−娘の近親交配よりもずっと起きやすい状況にあります。実際に、単為生殖能力を持つ種と持たない種で羽アリの性比を比較した結果、数理モデルから予測される通り、単為生殖能力を持つ種では、羽アリの性比がメスに有意に偏っていることが分かりました。逆に、女王が単為生殖能力を持たない種では、このような偏りはありませんでした。

Reticulitermes属各種におけるメスの羽アリの割合】

単為生殖能力を持つR. speratus(ヤマトシロアリ)とR. virginicusでは性比がメスに偏っているが、単為生殖能力を持たないR. flavipesR. okinawanus(オキナワシロアリ)、R. yaeyamanus(ヤエヤマシロアリ)では偏っていない。

 この結果は、シロアリの巣のメンバーが、自分たちの遺伝子の運び手としてより優れた方の性に多く投資することで、包括適応度をより高めていることを示しています。これは、両性二倍体の生物でも血縁選択がはたらいていることを示す強い証拠であり、これまでの半倍数性のアリやハチの研究と併せて、昆虫の社会進化における血縁選択の重要性を支持するものです(Kobayashi et al. 2013, Nature Communications)。



■新女王の分化を抑制するシロアリの女王フェロモン

 シロアリの巣の中では、女王が産卵し、ワーカーが働くという労働分業が成り立っています。もし女王が死んだり、コロニーが成長してワーカーの労働力に対して産卵速度が見合わなくなったりすると、他のメスが二次女王へ分化して女王の座に繰り上がり繁殖を開始します。これは逆の言い方をすれば、繁殖している女王は、巣内の他の個体が二次女王へ分化することを何らかの方法で抑制していることを意味しています。それが揮発性の「女王フェロモン」によって成されていることは昔から予測されていましたが、その量が微量であること、成熟した女王の採集が困難であることが原因で、50年以上もの間、誰もその同定には成功していませんでした。

 しかし我々は、ヤマトシロアリの女王フェロモンの同定に成功し、その成分が、「酪酸ブチルと2-メチル-1-ブタノールが2:1の混合比で混ざったもの」であることを明らかにしました。そして、この2成分をブレンドした人工フェロモンは、生きた女王と同様に、二次女王の分化を抑制することを明らかにしました。加えて、全く同じ成分が卵からも放出されていることも判明し、ワーカーが卵を育室に集めて保護する際の、卵への定位シグナルとしても機能していることがわかりました(Matsuura et al. 2010, PNAS)。

 さらに近年、この女王フェロモンには、ワーカーの唾液腺リゾチームの生産を促進する効果があることや(Suehiro and Matsuura 2015, Insectes Sociaux)、抗菌活性があること(Matsuura and Matsunaga 2015, Ecological research)が判明し、シロアリの女王フェロモンの多面的機能が次々と明らかにされています。



■シロアリの卵運搬本能を利用した革新的駆除技術

 シロアリのワーカーは女王の産んだ卵を認識し、それを育室に運搬して山積みにし、毎日表面を舐めて世話をしています。この卵保護行動により卵は乾燥と病気の感染から守られています。シロアリは卵の形状とサイズ、および卵表面の化学物質により卵を認識しており、この卵運搬・保護行動を誘発する情報化学物質を同定することは、社会行動の進化を解明する上でも、シロアリ防除の上でも重要な意味を持ちます。

 我々は、この卵運搬・保護行動を解発する卵認識フェロモンの同定に挑戦し、その成分がリゾチーム(細菌の細胞壁を分解するタンパク質)であることを世界で初めて明らかにしました。また、卵が女王の卵巣内にある段階でリゾチーム遺伝子が発現し、リゾチームが生産されていることも分かりました(Matsuura et al. 2007, PLoS ONE)。

ヤマトシロアリの卵グルーミング 卵抽出液を塗ったガラスビーズを運ぶワーカー

 このフェロモンは強力に卵運搬行動を誘発するため、リゾチームを塗布したガラスビーズ製の擬似卵をシロアリの巣の生殖中枢に運搬させることが可能です。そのため、この擬似卵に殺虫剤を封入すれば、効果的にシロアリのコロニーの生殖中枢を破壊することが可能となります。この画期的な新技術を実現するべく、現在、企業との連携により製品化に向けた開発を進めています。(「シロアリの卵運搬本能を利用した新型駆除技術の開発」



■シロアリの卵に擬態した菌核菌ターマイトボールの進化

 シロアリのワーカーは、女王が産んだ卵を見つけると、卵を保護するための部屋(育室)に運搬して卵塊を形成し、毎日舐めて抗菌物質を含んだ唾液を塗ることで、乾燥や病気から守っています(卵グルーミング行動)。ワーカーのグルーミングを受けなければ卵は生存できないため、このような卵の保護行動は重要で基本的な社会行動であると言えます。しかし卵塊の中に、卵とは異なる褐色の球体が多数紛れ込んでいることがよく見られます。一体、この球体は何なのでしょう?

 実はこの球体の正体はFibularhizoctonia属の未記載種の糸状菌が作る菌核(菌糸が固く結合したもの。このかたちで休眠状態を保つことができる)で、ターマイトボールと呼ばれています。驚くべきことに、このターマイトボールはシロアリの卵に擬態する菌で、シロアリの卵の短径と厳密に同じサイズ・曲率の菌核を作り、かつ(ヤマトシロアリの卵認識フェロモンの成分の一つである)β-グルコシダーゼを生産することで、シロアリを欺いているのです(Matuura et al. 2009)。

(左)卵塊中に運搬されたターマイトボール。
(右)シロアリの巣内で増殖したターマイトボール。
β−グルコシダーゼの蛍光検出(a, e) シロアリの唾液腺、(b, f) 卵、(c, g) 後腸、および(d, h) 卵擬態菌核ターマイトボールでβ−グルコシダーゼの反応が見られる。b,fの左下四角内はアルゼンチンアリの卵(対照区)。

 ターマイトボールは、ヤマトシロアリを含むReticulitermes属のシロアリのコロニーに普遍的に存在していることが判明し、現在、日本とアメリカで分布が確認されています(Matsuura et al. 2000, 2005; Yashiro and Matsuura 2007, 2009; Yashiro et al. 2011)。また近年、西表島に生息するタカサゴシロアリの巣内からも、新種のターマイトボールZが発見されています(Matsuura and Yashiro 2010)。ターマイトボールの生活史についてはまだ未知の部分が多いため、現在、生活史解明に向けて研究が進められています。



■役割によって異なるシロアリの化学受容体の発現

 社会性昆虫には形態や行動の異なる役割(カーストとよばれる)が存在し、それぞれのカーストは異なる種類の仕事に従事しています。シロアリの社会では、王と女王が繁殖に専念しており、兵隊アリがコロニー防衛を、ワーカーが採餌・巣の衛生管理・女王と卵の世話など複数の仕事を担当しています。また、シロアリは全てのカーストに雌雄の両方が存在し、雄も雌も労働に従事しています。そのため、労働に必要な化学物質を認識するための化学受容体のレパートリーは、カースト間や性間で異なる可能性があります。しかしシロアリにおいて、化学受容体やそれに関連した遺伝子の発現量の違いを、カースト間あるいは性間で比較した研究は今までありませんでした。

 昆虫の化学受容体は触角だけではなく、口元にも存在し、種によっては脚の先にも存在します(嗅覚に関わる受容体は主に触角にありますが、味覚に関わる受容体は様々な部位にあることが知られています)。そこで我々はRNA-seq(次世代シーケンサーを用いて、生物の体内で発現している遺伝子を網羅的かつ定量的に解析する手法)を用いて、ヤマトシロアリで発現する全ての遺伝子を全身から抽出・解読し、その中から「化学受容体」と「受容体まで化学物質を輸送するタンパク」の遺伝子の候補を探索しました。そして各カースト・性において、それぞれの遺伝子がどれくらい発現しているのかを解析しました。その結果、シロアリのカースト間だけでなく、性および年齢によっても発現している化学受容体の種類が異なることが判明しました。

 このことは、シロアリがコロニー内での効率的な仕事の割り当てのために化学受容システムを適応進化させてきたことを示唆すると同時に、性間で分業している可能性も示唆しています。(Mitaka et al. 2016, PLOS ONE)

ヤマトシロアリの各カーストにおける化学受容体遺伝子の発現パターン。白色に近いほど「他のカーストよりも顕著に発現している」ことを示す。 高齢になるほど発現量が増えている化学受容体遺伝子の例。羽アリの雄は創設して一次王となり、長い時間をかけて成熟していくが、この受容体は加齢に伴い発現量が増加している。



■シロアリ女王脂肪体特異的な核相倍加

 昆虫をはじめとする動物や植物では、代謝活性を上げるために一部の体内組織で核DNA量が倍化していることが知られています。核DNA量が倍化する事を核相倍化といいますが、これによって鋳型としてのDNAが増えるために特定の遺伝子を一度にたくさん発現させることができるという利点があります。昆虫では、卵生産に際して脂肪体という組織で大量に卵黄タンパクを生産します。このとき脂肪体では核相倍化が生じていることが、カやバッタで知られています。

 シロアリのコロニーでは繁殖の分業がなされていて、女王は産卵に専念しています。そのため女王は組織・器官・行動レベルで繁殖に特化していることが予想されます。そこで我々は、ヤマトシロアリの女王と他のカーストの雌個体について頭部と脂肪体の核DNA量を調べ、核相倍化の度合いを比較しました。その結果、頭部と女王以外の個体の脂肪体では主に2倍体細胞で構成されていたのに対し、女王の脂肪体では4倍体細胞の数が2倍体細胞の数を大きく上回っていました

 本研究によって、組織特異的な核相の倍化と社会性昆虫の繁殖分業が関連していることが初めて示されました。このことは、真社会性の進化に対して核相倍化がどのような役割をもっていたのかを考察するうえで重要な知見であると思われます。(Nozaki and Matsuura 2015, Entomological Science)



■シロアリの多様な巣の構造はいかにして生じるか?

 精巧で複雑な構造を持つアリ塚や張り巡らされた地下トンネルのように、アリ・ハチ・シロアリのような社会性昆虫は、多数の個体からなる集団が協力することで、巨大な構造物を作り出します。彼らの構造物形成では、われわれヒトの構造物形成とは大きく異なり、リーダーや設計図は存在しません。それぞれの個体は認知できる狭い範囲の情報にのみ反応し、互いの行動に影響を与え合うことだけで、全体としては秩序だった構造物を作ることができます。これは自己組織化と呼ばれ、単純な規則から複雑な構造を作り上げるシステムとして知られてきました。

 一方で、単純な建設ルールを持つにもかかわらず、社会性昆虫の構造物は種内においても様々な形や大きさを見せます。この多様化はどのようにして生じるのでしょうか?これまで構造物の建設に影響を与える要因として、集団サイズや、温度・材料といった環境の違いが考えられてきました。しかし、同一環境下においてさえもシロアリはコロニー間で異なる構造物を作り上げることが近年明らかになってきました(Mizumoto and Matsuura 2013)。これは、これまで知られている要因では説明することができません。

 ヤマトシロアリは地下トンネルや地上の蟻道で巣の間を連結することにより、複数の朽木にまたがって営巣しています。私たちはこのヤマトシロアリの蟻道建設行動に着目しました。蟻道建設はワーカーのみによって行われ、材料となる木片を次々と張り合わせることで作られていきます。またワーカー達はそれぞれの建設場所で、セメントフェロモンと呼ばれる揮発性物質によって建設途中であるという情報を共有していると考えられています。セメントフェロモンは木片と同時に塗布され、塗布された場所にさらに次の木片が張り付けられるように誘引します。つまり、同じ場所への木片の蓄積は、フェロモンの蓄積につながり、さらに多くのワーカーを引き寄せることになります。このような雪だるま式の加速は正のフィードバックと呼ばれ、建設行動においても重要な役割を果たします。

蟻道を建設しているヤマトシロアリのワーカー

 まず、野外において採集したヤマトシロアリの5つのコロニーから、それぞれ複数の分集団を作成し、それぞれの分集団が蟻道建設を行った結果出来上がった構造物のパターンを解析しました。その結果、構造物のパターンに明確なコロニー間の違いが見られました。実験は同一の状況で行っているため、コロニー間でワーカーの持つ行動特性に違いがあることが示唆されます。

 次に、このようなコロニー間での構造物の違いが、どのような個体レベルの違いから生じうるかを確かめるために、シロアリの蟻道建設行動を模した格子モデルを構築し、建設シミュレーションを行うことで、どのような要因が建設行動に影響を与えるかを調べました。その結果、「個体のセメントフェロモンへの感受性の強さ」と、「建設行動に参加する個体の割合」を変化させることによって、実験で見られた構造物のパターンと非常によく似たパターンを再現することができました。これらの個体の性質は正のフィードバックの強度と強い関係を持っており、正のフィードバックの強度の変化が異なる構造物を生み出すことに重要であることが明らかになりました。

実験で実際にシロアリが建設した構造(左)と、シミュレーションによって再現された構造(右)の比較。

 このメカニズムは構造物だけでなく、集団行動や意思決定などその他の自己組織化により形成されるパターンの多様性をも説明しうるもので、重要な意義を持ちます。(Mizumoto et al. 2015, Royal Society Open Science)。







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